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序章にかわる告白
詐欺師に悩まされ続けて大人になった。 幼い頃に、その女に出会った。 美人だった。 風格があった。 浪費家で着飾るのが好きで、すこぶるセンスが良かった。 小学校5年生になっていた。 女が私の親友相手に自分の家柄と学歴を詐称した。 既に近しい存在であった私はその小さな嘘に潜む事実を敏感に察知し、怯えた。 事実とは? 彼女が詐欺師である可能性。 ところがその女にはカリスマ性があった。 機会あるごとにその可能性を問いかける私は、その都度彼女の決然と否定する態度と物言いに圧倒された。 私は事実と虚無の錯綜する現実にビクビクしながらも間違った納得を繰り返した。 問題の春がやってきた。 いつになく寒の戻りがきつくてぬくもりや安らぎにはほど遠い名ばかりの春だった。 長いつきあいの中で油断していた私はあろうことかその女のターゲット、すなわち獲物に成り下がった。 万が一女が詐欺師だったとしても私だけは喰われることはないと高を括っていてところに不意打ちを食らったのだ。 ダメージは大きかった。 二度と立ち直れないのではと思った。 確信した。 彼女はホンマモンの詐欺師だった。 詐欺師にとって築き上げられた人間関係なんかクソクラエの取るに足りないものでしかない。 私ごときは踏みにじられるに決まっていたのだ。 ザマァねぇー。 失われた青春の代償に得たものが二つある。 一つは私自身の嘘に対する拒絶反応。 私自身は嘘をつけなくなってしまった。 言いたくないこと。 答えたくない事実。 聞かれたくない過去。 私は嘘をつかないといけないような時は何がなんでも沈黙するようになった。 「アンタのお名前なんてぇーの?」 程度のつまんない軽い質問でも正直に答えたくない時、私は黙る。 たとえ話しに花が咲いていても会話は突然空白に陥る。 彼女の後遺症だった。 嘘の拒否反応が答えを見失う。 適当に答えるとか軽く受け流して会話の矛先を変えるとかができない。 脳の海馬が真っ白。 とりあえず沈黙。 やっぱり沈黙。 しばらく沈黙。 ぜったい沈黙。 けっきょく沈黙。 いづれにしても答えずして黙する。 我が青春時代の親友に、 「なんでも話してくれてすっごく良く知ってるようなアンタだけど、結局なんにも言ってないし絶対正体分かんないアンタだよね」 ナンテ言われた。 ザマァねぇー。 で、二つめが詐欺師の法則。 結婚詐欺師から政治に紛れてる詐欺師まで大小ひっくるめて詐欺師には法則がある。 日本全国には何人の詐欺師がいるのか? 世界中にはいったいどのくらいの詐欺師が生息しているのか? 見当もつかない。 詐欺師の法則を理解してこの法則にしたがって詐欺師を見極めてくれ。 標的にならないように気を付けないと、詐欺師に食い尽くされちまうぜ。 詐欺師ってのは根こそぎいきやがるもんなんだ。 まぁこの辺の細かい話は一言で言い尽くせるものじゃないんだけど。 現実を知らずに人生は順風満帆で、大人は何でも知っていて完璧な存在なのだと信じて疑わなかった小学校4年生以前の私には、神社仏閣など手を合わせるような場面に出くわす度に口先でブツブツ祈った科白がある。 その女の詐欺的性格と、世間は悪意と欺瞞に満ちていて、大人は建前と本音で嘘と正義を語るのだと気付き始めてからは一度も口にしたことのない科白でもある。 失われた青春の証として、今此処にその科白を復活させて詐欺師の法則を書くことにした。 ではブツブツ祈ろう。 「世界が平和で、人々がみんな幸せでありますように。」 ゲッ、まるで詐欺師の言葉をそのまま引用したような科白になっちまったぜ。 ザマァねぇー。 けど、詐欺師は絶対に詐欺師の法則を教えてくれたりはしないんだろうなぁ~。